寧夏回族自治区
寧夏回族自治区は黄土高原に位置し、多くの歴史的遺産が残され秘境を感じさせてくれる地域ですが、まだあまり旅行者に知られていないところです。
北京から1時間半ほどで区都・銀川に入れるアクセスの簡単な所です。
銀川の町は黄河の南に位置し、歴史上ではタングート系の大国・西夏が、首都・興慶府を置いた所として知られています。このタングート系の西夏は、依然未知の部分の多い神秘的で興味深い王国でした。
独自の文字を持ち、最大版図では敦煌までも支配した王朝で、この地域がイスラム化した原因ともなりました。
回族は、漢族と同じような顔立ちをして、イスラム教を信奉する人々ですが、元を辿れば青い目をした西域の顔立ちだったと言われています。
銀川の西には西夏の王陵がありますが、これが大きな見所の一つです。 中国で唯一、ピラミッドが見られるところでしょう。
イスラム教・羊・ピラミッド…何かを連想させられませんか?そう、エジプトです。
こことエジプトは歴史上、何らかのつながりがあった…これが私の持論です。
山麓沿いに広がる無数のピラミッド群。その脇には、また無数の陶器の破片が散在しています。
そこから更に西へ向かうと青銅峡ダムという、黄河流域でも有数のダムがあります。 このダムの対岸の砂漠化した山に登ると、ラマ教の遺跡が残っています。
青銅峡ダムから更に西へ行くとテンゲル砂漠が出現し、黄河では羊の皮を使って作ったいかだに乗れます。
広大な砂漠にラクダでトレッキングなどもできるんですね。子供がいれば、砂漠の砂の滑り台でかなりの距離を滑り下りる事が出来ます。自然の滑り台できっと大喜びでしょう。
さて、ここから西安まで1泊2日、ランドクルーザーで黄土高原を行く旅。
これが、なかなか秘境の旅を実感させてくれる旅です。
私は、中国国際旅行社寧夏支社に電話して、銀川から西安まで約1000km、ランドクルーザーを準備してもらい、家族で旅行しました。 銀川から青銅峡までは1991年にも行った事があるのですが、1997年、あの時の感動をもう一度、と家族をランドクルーザーに乗せて旅したのです。
途中、塩水渓谷や河に削られて激しい起伏を刻む黄土高原、固原の遺跡、回族の村などを見ながら南下し、途中甘粛省の山村を抜けて西安まで、冒険心を煽られる旅をしました。
最後の西安に入ったとき、菜の花が咲き乱れ緑濃い町を見て、西安が長い間首都であり続けた理由がわかったような気がします。
西夏王陵〜ピラミッド・羊・イスラム教 |
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ランドクルーザーの前方に無数のピラミッドが見え始めた。 何だろう、この世界は。中国らしからぬ異様な世界だ。
背後に賀蘭山脈が迫っている。これが自然の要塞の役目を果たし、モンゴル帝国侵入による西夏滅亡を遅らせたのだと納得する。自然の作った万里の長城だ。
東には黄河もある。そして南から西に広がる黄土高原。西夏が独自の文明を育くめた理由がここにある。
西夏は、当時の世界から隔離された王国だった。しかしその王国も、世界を席巻したモンゴルの前に滅びた。
今、足元に散らばる陶器の残骸が、時間という嵐により無残に吹き飛ばされ散ってしまった彼らの夢の跡を静かに伝えている。その夢の跡に生えた草を羊が食んでいる。そして羊飼いは回族、つまりイスラム教徒だ。この何気ない遺跡の中の景色は、中国の他の景色とどこかが違う。
私は大きく広がる遺跡の中を歩きながら、歴史のロマンに大きく胸を膨らませた。 |
回族の村〜寧夏回族自治区中西部
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991年、私は銀川から青銅峡へ向かう国道をジープで走っていた。 一面に土漠が広がる。ふと前方で何かが動いている。
竜巻だ。
高さ20mくらいだろうか。ぐんぐん近づいてくる。私が始めて目にする竜巻だった。
猛烈に石や砂を巻き込みながら、前方の道路を横切り、土漠へと突っ込んで行く。
ジープを止めてもらい竜巻を見送る。草木の少ない不毛の大地では、大気も不安定なのだろう。
蜃気楼もあちこちに出現する。
前方に見える湖がふっと消える。地平線の彼方を、蒸気機関車が横切って行く。土漠の中、非常に強い存在感を誇示している。汽笛の音が世界中にこだましているかのようだ。
黄土高原では、自然現象や神秘的な歴史遺産の中で、あたかも自分が幻想の世界に迷い込んだかのような錯覚に陥ってしまう。 |

雲南省
中国でバックパッカ−たちを惹きつけてやまない少数民族の宝庫・・それが雲南省です。ビルマと長い国境線を接するこの省は、多くの少数民族の自治州を省内に抱え、西双版納や大理、石林などは世界に名を馳せる有名な所となりました。
私は1992年にこの省を縦断し、四川省への大山岳地帯を越えました。 これはふとした巡りあわせからでした。
昆明の空港でキャンセル待ちの列に並び'、「今日これからすぐに飛べる省内の都市はどこか? そこまでのチケットを買いたい」と言ったところ、事務員から「それでは次の芒市でどうか」と勧められたところから始まりました。
芒市という地名がどこかわからず、聞いているうちに周囲に人だかりが出来、「何だ、お前どこだかわからないくせに行くのか?」とか、「外国人がそんなところへ行って大丈夫か」など、お節介な人々から質問や意見が浴びせられ、「それでは、芒市とはどこだか教えてくれ」と言うと、「知らない」とか、「南の方じゃないか」など、曖昧な回答が返ってきました。
「何だ、君達こそ自分の国の地理も知らなくて大丈夫か」と言い返したものです。
こんな情況の中で、雲南冒険旅行の幕が切って落とされました。
芒市空港に降りて、徳宏タイ族ジンポー族自治州という看板を見つけましたがどこだかわからず、空港の外に出て数台並ぶバスの行き先の中に瑞麗という地名を見つけた時、歓声を上げました。
そこは、雲南の西南端・ビルマ国境に近い地域だったのです。
ミニバスで2時間程でこの町につき、更に国境までバイクの後ろに乗せてもらって、着いたのは夕刻。 国境・瑞麗江のほとりに立つと、北ビルマの山々が夕焼けに染まり、美しく神秘的に輝いていました。
カチン族でしょうか、少数民族の姿も散見されます。
そして、ビルマ側より「タンタンタン」という旅情感を誘う静かな音と共に渡し舟が近づき、中国側にいた人々数人が渡し舟に乗って、ビルマ側へと去って行きます。
川は金色に輝き、山々に囲まれた美しい景色の中、船が見えなくなって行く様は絵のような光景でした。
ここからビルマ国境地帯を北上し、保山経由大理、そして麗江経由四川へと超えて行ったのです。 素晴らしく変化に富んだ思い出に残る壮大なコースで、中国旅行の中でも最も印象に残った地域です。
夕暮れの瑞麗江 |
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バイクタクシーから飛び降りた私は、金色に輝く瑞麗江のほとりに腰を下ろした。 対岸には、神秘的な北ビルマの山々が連なっている。のどかで美しい景色だ。
ビルマ側から一艘の渡し舟が近づいてくる。タンタンタンという音が心に染みる。ここが辺境であり、国境であるからだろうか。 戦時中、インパール作戦の失敗で敗走してきた日本兵が、この北ビルマの山々を越えてきたのかもしれない。
カチン族の女性が渡し舟に乗り、ビルマ側へと帰って行く。美しい風景だ。
碗町は、中国ビルマ間の重要な流通ルートに位置し、戦時中は日本軍と戦う中国国民党への支援物資を英米軍が運んだ援蒋ルートにも位置し、丘に上るとビルマ側の町を見渡す事が出来る。
ビルマ側には白いパゴダが散在し、ここを境に世界が変わる事を示している。 この町の郊外にいくと、国境線は曖昧だ。
田舎道を歩いていると大木があり、ここより先はビルマ領と示してある。畑の中の農道を歩き小川を越えると乗ってきたタクシーの運転手が、「あっ、そこから先はビルマだぞ」と言う。
そんなこと、どこにも書いていない。農民はお構いなしに国境を越えていく。
前方の森影に、水牛を引いたビルマの人々が見える。
この辺りは、時々ビルマ軍の兵士が巡廻してくるらしく、地元民以外の人間が捕まると厄介だそうだ。
後ろの丘にはジンポー族の家があり、貯水池で水を汲んでいた。少数民族といっても同じ人間である。昔の日本と変わらぬ日常がある。
碗町に戻り、国境の屋台で麺を食べた。一杯一元。辺境の国境は長閑で、静かに時が流れて行く。
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ビルマ国境の大木。これよ先はビルマ
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雲南最深部の道は大変な道だった。
瑞麗からは土の道。長距離バスは深い山中を走った。
途中泊まった騰沖では、外国人と言う事でいくつものホテルで宿泊を断られ、結局実に粗末な招待所で一夜を過ごした。 この辺りは、昔日本軍の基地があったところだ。
山を越えれば、すぐビルマ最深部・バモ−やミッチナ−に行き着けるはずだ。そして更に西へ行けば、インド領インパール。日本軍の生き残りがいてもおかしくあるまい。現地の女性と結婚して、山中の村で暮らしている人はいるのではないかと思いたくなる。
近郊にある高黎貢山は、世界でも有数の数々の植物の原種が残る所だ。
欧米の種苗業者が、昆明辺りでここから採集された原種の苗を買い取り、バイオテクノロジーを駆使して新種の植物を作り出す。種苗の世界では原種がどうしても必要になる。
途中、山中で怒江(サルウイン川)を渡り保山の町へ入った私は、結局シャワーのあるホテルを見つけられなかった。砂埃で汚れきっているのだが、どうしようもない。
翌朝、大理へと進路を取り、私はこの辺境を発った。
麗江は、独自の文化を持った古都だ。
居住するナシ族は独自の象形文字を持ち、チベット文化と中国文化を融合させた特色ある文化を作り出した。
麗江の石畳を歩いていると、タイムスリップしたかのような錯覚に陥る。
そして美しい山がある。大理の蒼山連峰も実に美しく、菜の花が咲き誇る頃、そのコントラストは最高に印象的だが、ここ麗江にも、それに勝るとも劣らない玉龍雪山という名峰がある。
ジープでこの山の中腹・干海子まで入ってみた。
雪原に野生の馬がいる。雪原に続く足跡と、その向こうに聳える素晴らしい山、そして野生馬。。。ここもまた中国であり、雲南なのである。
そして東チベットは、もうすぐ先だ。
風の音以外何も聞こえない、広大な風景の中に一人で座っていると、あらゆる悩みから開放される。
ここ、土林は依然人に知られていない雲南の秘境だ。 眼下には、無数の土の林が広がっている。石林の土版だ。
元謀郊外から馬に乗って山中に入る。全く人のいない世界。そして太古の地層が剥き出しになっている地層の博物館。この上部には素晴らしい景色が広がり、人っ子一人いない、世界から隔絶された土地が広がっている。
各地で、変化に富んだ様々な顔を見せる雲南の大地。
ここは中国に残された数少ない楽園だ。
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