TOP |   世界辺境の旅 | 中国辺境の旅 |   香港辺境の旅 | 中国アジアロマン紀行 | Profile | Links

四川省

川省は、三国志時代、劉備玄徳率いる蜀が王国を築いたことで知られる、中国有数の大省です。
重慶が中国4番目の中央直轄都市になるまでは、人口1.1億人という日本の人口に匹敵する中国最大の省でした。重慶が近隣都市を併合して、3000万人の人口を抱えた中央直轄都市として分離したことにより、現在では人口8千万人強で、河南・山東に継ぐ3番目の人口を抱える省となりましたが、依然、独特の文化・歴史を誇る中国内陸最大の省であることに変わりは有りません。

西をチベット、南を雲南、東を雲貴高原、北を九塞溝などに囲まれ、天然の要塞であったこの天府の国は、肥えた土地にも恵まれ、1億の人々を育み歴史を築いてきました。 そして、雲南に続く大自然が堂々と広がる大地でもあります。
省都・成都では、三国志に関する史跡も多く、歴史のロマンを感じさせられます。 

アバ・チベット族自治州へ

アバ・チベット族自治州は、成都の北東100km、東チベットへの入り口とも言える山中にある。 この地域には、野生のパンダが生息しているという。
私は、集落からしばらく山を登ってみた。日本の山と似たような瑞々しい自然が広がっている。清流、こけ、大木、岩山、日本の山を思い出す。
1時間くらい登ったろうか。 結局、野生のパンダは姿を現さなかった。
この辺境の山中で、たった一人でいると心細くなる。何かあっても誰にも救いを求められない。迷う前に下山した。
奥深い山々、チベット族の老人たち、清流のせせらぎ。。。ほっとする。やはり自然はいい。

パンダ研究センターでパンダを見た。
愛嬌があり、かわいらしい。しかしその可愛さ故に、人間に捕まり飼われてしまう。やはり、自然の中で伸び伸びと天命を全うする方が彼らには合っている。
人間も同じだ。親として可愛い子はそばにおいて置きたいと思う。しかし、それでは大競争時代に生き残っていけないのだ。自分で人生を切り開いて行かなければ、ただ可愛いだけの人形で終わってしまう。それは、親が自分の欲望の為に、子供を犠牲にすることを意味している。
躍動美溢れる野生を身につけなければ、いつかは抵抗力を失い、滅び去って行くのだ。
自然の中で自立させて行く、それがパンダの親の役目であるのと同様に、自分の子供を大競争時代という荒野で立派にやっていけるように独り立ちさせていくことが親の役目であろう。
自然の摂理というものは、どこの世界でも同じはずであり、動物たちを見ていて学ぶものは多い。


四川盆地の日の出〜今日もまた天府の国に日が昇る

峨眉山の頂上・万仏頂(3099m)にご来光を仰ぐ人々が集まっている。 冷たい風から逃れるように、岩陰に腰を下ろしジャンパーの襟を立てて、東の彼方を見つめる。
休日を利用し、あてもなく四川へ入った。
そして今、自分は3,099mの岩陰に身を寄せている。外国人は見渡す限り誰もいない。自分は何故、何の為にここに来たのだろう。不思議な巡り合わせである。
山頂のどこかで、風の音に途切れ途切れになりながら歓声が聞こえる。
「日の出だな」
そう思うと、私はじっと東に視線を向けた。真っ赤に燃える太陽が彼方より静かに登ってくる。きれいだ。どこへ行っても、何があっても太陽は繰り返し我々の頭上に登ってくる。私は生きている間にあと何回、この太陽を見られるのだろうか。いつ、何がきっかけで突然幕が降りるかもしれない自分の人生を考える。できるうちにする、見られるうちに見る、決して後送りしない。そう思って走りつづけてきた。
恩師が言った、「若い内に苦労しないで、一体いつ苦労するつもりだ」という言葉が心をよぎる。
太陽は待ってはくれない。まだまだ守りに入るには早い。
私には、心が石のように何にも感動しなくなるまでに、見なければならない物がまだまだ沢山ある。
真っ赤に燃えた太陽を見ながら、私はリュックを背負った。
山頂に途切れ途切れに聞こえる中国人の歓声を背に、私は峨眉山頂を後にした。

ライン

吉林省

林省は、東を北朝鮮、東北をロシアと接する小さな省です。 第二次大戦中、満州国の首都・新京が現在の省都・長春に置かれ、日本とは関わり合いの深い省です。 現在も、吉林大学日本語学科は、中国で最も日本語のレベルが高い大学として知られています。

春には旧皇居、関東軍司令部他数々の満州国時代の遺構が残り、日本を感じさせます。
この地は一方で、朝鮮半島との関わりも深く、朝鮮族が沢山住んでいます。
ある朝鮮族の友達が、「朝鮮は、今3つに分断されていることを知る外国人は誰もいない」と呟いていたことが、私の脳裏に鮮明に焼き付いています。
朝鮮という国は、韓国、北朝鮮以外にもうひとつ、中国領となっている延辺朝鮮族自治州という地域があるのです。
高麗、高句麗、李氏朝鮮と誇りある王朝が栄えた朝鮮の人々にとって、近代史は屈辱の歴史でした。
そしてそれは、今もまだ回復していないのです。
歴史上、度々ちょっかいを出して迷惑をかけてきた日本は、朝鮮没落の近代史のきっかけを作りました。
弱肉強食の歴史の中で、それは避けられなかった、自然の成り行きだったのかもしれません。しかしこの混乱の歴史が最後に収拾する時、日本は一定の責任を果たすべきでしょう。
分断から50年が経ち、世代交代も進んで最早元は一緒でも韓国、北朝鮮、延辺という異なる器の中で、中に住む人々の中身は入れ替わり、異なる価値観・常識を持つに至りました。
これから統一が実現したとしても、真の統合は更に世代が交代しない限り難しいでしょう。そしてその過程で支払う代償は計り知れないものがあります。
日本は隣人として、この苦難を真面目に考えて行かなければいけないと思います。

延辺では、煉瓦作りの平屋、見渡す限りの平原に散らばる家々から立ち上る煙が印象的だ。 所々見えるハングル文字が、この地の主が朝鮮族であることを示している。
延辺の朝鮮族の人々は大変優しい。
何故日本と韓国・朝鮮半島が反目し合うようになってしまったのか、信じられない気がする。結局大和朝廷の新羅侵攻、豊臣秀吉の朝鮮出兵、第二次大戦前夜の朝鮮併合など、歴史上度々ちょっかいを出し、朝鮮の人々の誇りを傷つけつづけたことが原因なのである。歴史が繰り返してきたという事実を考えれば、彼らが日本に不信感を持つのも当然だ。
しかし、日本は既に世代交代している。いつまでも恨まれ続けると、結局は喧嘩になってしまう。この点で、金大中大統領の考え方は非常に前向きだ。
日本人は、朝鮮半島との歴史をもう一度見直し、謙虚になって、朝鮮半島の人々は過去は清算し、怨念を捨てて、そうして一から隣国として新たなパートナーシップを築いて行けば良いのである。
これからの時代は、我々戦後世代の時代である。
アジアの繁栄を考える時、隣国同士で無駄なエネルギーを消費していては、世界の競争の中で生き残れなくなる。
将来、アジア連邦などという枠組みが出来あがる日がくるかもしれない。そんな夢に思いを馳せる。

豆満江河岸。対岸は北朝鮮の大地

豆満江は、非常に美しい自然の色をしている。 全く汚染がないのだ。
この極東の地にも、メコン川と似た自然に育まれた大河が流れている。そしてこの河の向こうには、日本に良く似たしっとりとした自然の風景が広がっている。
しかし、その向こうの山にハングル文字のスローガンが掲げられているのを見た時、複雑な心境になった。何故こうなってしまったのだろう。
一時は唐をも脅かした大帝国・高句麗。
この大帝国の末裔たちは、世界を席巻した第二次大戦、米ソ冷戦の中で国を分断し対峙してしまった。
日本が朝鮮という殻を壊し、米ソが日本という殻を壊した。そしてその残骸が今、目の前に広がっている。
自然は手付かずで美しい。 しかし人間の心は荒廃し、全てが統制されている。
人の家それぞれに、その家固有の事情があるように、この国にもこの国固有の事情がある。
人の家のことに介入するのがお節介であるのと同様に、人の国のことをあれこれ言うつもりはない。ただ一つ、朝鮮の人々皆が幸せに暮らせる日が来ることを、日本人として祈らずにはいられない。

3国国境地帯・防川。未舗装の道が続く

3国国境の脇に丘がある。
その急な階段を上る。息を切らしながら上りきって展望台へと向かう。そして塀の彼方に私は見たのである。青く輝く日本海を。
左にはロシアの草原が金色に輝き、右には日本に似たしっとりした北朝鮮の山村が広がっている。後方には一筋の道が伸びている。この道だけが中国領だ。この丘をもって中国は終わる。
15km先で豆満江も切れ、日本海へ注いでいる。
北朝鮮の山村には、工場や蒸気機関車が見えるが煙を吐いていない。全く無音の世界だ。
この丘は軍事上重要な拠点らしく、写真撮影不可なのが残念だ。
しかし国境というのはどうしてこんなに美しいのだろう。旅のロマンを感じずにはいられない。

BACK        HOME        NEXT

Copyright(C) MarcopoloUAll Rights Reserved