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大いなる歴史を追った壮大な旅の物語

  
黒龍江省北西北部・ロシア国境・黒河より五大連池へ  雲南省麗江・玉龍雪山 干海子

中国と言う国と私の出会いは1987年に遡ります。
当時学生で金のなかった私は、リュック1つで神戸港より鑑真号という客船に乗り、上海へ向かいました。私の初の海外旅行の始まりでした。
上海に降りた瞬間、私は日本と中国の間の差に愕然としました。それは遠い昔、自分が幼い頃、日本で見たことがあるような、懐かしい感じのする世界でした。 人民服、自転車、トロリーバス、極端に少ない車、ロータリーの真中で立って交通整理をする警官…。自動販売機やスーパーマーケットはなく、暗くエレベーターもエスカレーターもない百貨店、全てが自然食品で構成された食事…。遠い昔、どこかで目にしたことがあるような、考えると気が遠くなりそうな感覚でした。それが中国との出会いでした。そして私の長い長い旅が始まりました。

縁あって、それから4年半の後、私は就職した銀行から上海で1年の語学研修の指名を受けました。
1年間、語学の勉強の合間を縫って、私は中国各地を旅し、色々な事に傷つき、病に倒れ、這いつくばりながらもこの世界を脳裏に焼き付けました。しかしこれで終わりではありませんでした。
1994年には大連で銀行の支店開設メンバーに指名され、共産圏でのビジネスという新しい世界に入りこみました。
中国と言う世界で活躍する、日本や欧米の企業戦士たちの仕事ぶりを目の当たりにして、多くの事を学びました。
更に1998年からは合弁事業会社へ行き、中国の国有企業や合弁相手の中国の官僚達との交渉を続ける厳しい世界、文字通り最前線での身体をはったビジネスを体験します。
民主主義と共産主義という、お互いに社会システムの異なった世界に生きる人間が、互いの考え方、やり方をぶつけ合う世界です。この時期、出張で中国各地を飛び回り、各地の官僚達、エリート達との折衝が続きました。
私は中国の旅、経験を通し成長し、日本人としての自覚を持たされ、日本という国を真に思う、考えることにもなりました。

中国という国は、歴史上数々の王朝が興亡し、人々は生き残る術を身につけ、また近隣の民族を飲み込み漢族という化け物のような人口を持つ巨大な民族を作り上げました。 余りに巨大なため、抵抗に疲れた多くの民族は帰順し、同化の道を辿りました。その様は、巨大なうねりが中州の島を次々と飲みこんでいくかのようです。
私は、中国全土・23省5自治区4直轄市の全ての160都市を訪れ、真の中国を、中国の全体感を自分の目で見、身体で感じてきました。 中国での旅はその歴史遺産や民族、広大な国土に点在する数々の自然等色々な側面を味わえる一方で、生き残るために必死の人々にもまれ、大変な苦労を強いられる旅でも有ります。
その葛藤に悩み、もがきながら旅する内に、自分が肉体的にも精神的にも鍛えられ、生命力が溢れてくるのを実感できるでしょう。 そして日常に埋もれて見えなくなっていた、小さな幸せが見えてくるはずです。

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