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南ラオス・メコンの大自然を旅して

け方、バンコクを飛び立ったボーイング737は縦横に蛇行する大河川を眼下に見ながら、静かにウボン・ラチャタニーの空港に着陸した。青い空と緑の香り。久しぶりに自由の大地を踏みしめた。タイ・イサーンを旅して17年の月日が流れていた。そして今、そのイサーンの南・ウボンに私は立っていた。17年前、旅していた時にはこれだけの年月がたち、しかも7歳の次男を連れてこの地に立とうとは予想だにしなかった。そして今一度、タイからラオスへの陸路国境越えを目指していた。

今回の目的地は南ラオス。ラオス統一王朝・ランサーン王国が18世紀にルアンパバン、ビエンチャン、チャンパーサックの3王国に分裂したが、今回はそのチャンパーサックの故地をカンボジア国境のコーンまで行く。そしてクメール時代の世界遺産・ワット・プーを訪れる予定だった。結婚して15年。初めて家内が許してくれた辺境への旅。そして幼いが逞しい次男を連れての旅。ウボンの空がまぶしかった。

空港から直接タクシーでラオス国境・チョンメックへ入った。そして徒歩でラオスへボーダーを越える。幼きバックパッカーは私より数歩遅れ、後に続く。タイ側の国境税関は簡単な作りだ。多くの農民や行商人が行き交っていた。タイ側を出るとラオス側に商店街が並んでいる。そして立派なラオス側国境税関があった。入国手続をすると税関のスタッフがパスポートを返さない。そして「Money?」と言ってくる。やはりまだ賄賂が残っている。200バーツ程握らせるとすぐパスポートを返してきた。そして小さなExchangeコーナーで100米ドルを交換するとラオス・キープの札束が渡された。色々な金額の札束が混じっていた。とりあえず小銭ということでポケットに詰め込むと出発だ。二人で元気にラオス側に歩き出した。そして国境施設の入り口の踏み切りを抜けると、昭和40年代のものであろうか、古い日本車やロシアのラダ等が数台停車していた。一台捕まえ、交渉してチャンパーサック地方の中心都市・パークセーへ向かった。

ークセーは予想以上の都会だった。メコン川の岸辺に発達し、ベトナムやタイと南ラオスの交易の中心だった。
我々は、チャンパーサック王の住居だったというチャンパーサック・パレスホテルに宿を取った。部屋を見せてもらうと、とにかく広い。40畳くらいある部屋(スイート)で一泊50米ドル。一般の部屋で20−30米ドルだった。パークセー全域が見渡せるスイートに泊まってみることにした。

その日午後、フランスの残したコーヒーのプランテーションが残るパークソンに行った。コーヒー農園の村落と、手付かずの自然が残っている。メコン支流がジャングルを横切り、大きな滝が散在する。滝つぼや清流で村の子供たちが泳いでいる。どこまでも長閑で、時間の流れがゆったりしている。農村でパークソンコーヒーを買い込んだ。コーヒーの実も手にした。

一つのハイライトは、翌日訪れた。
カンボジアとラオスの国境地帯。この辺りではメコン川の川幅が広がり、約4,000の島々が広がる。島と島が接近し、無数の滝が発生する。その中でも最大のものが、コーン・パペンの滝だ。大きなメコンの流れが一気に滝となって崩れ落ちる。そしてこの滝を過ぎれば、またメコンは何事もなかったかのように静かに森林の中を流れていく。かつてフランスがインドシナを植民地化した時、ホーチミンから上がってくる船をはばむ唯一の地がここ、コーンであった。この滝群を過ぎれば、また大型の船がメコンを上っていける。フランスはこのコーン・パペンの滝周辺のメコンの川中に広がるコーン島、デット島に鉄道敷設を試みた。しかし、日本の侵入でこの試みは崩壊した。今日、その残骸がコーン島に残っている。 コーン島は歴史に取り残された静かな島であった。

ボートでメコン川を横切りコーン島に上陸すると、そこにはもう舗装された道路はない。田舎のあぜ道を行く。 人気のない原っぱに小型の蒸気機関車が放置されている。これこそがフランスの敷設した蒸気機関車だ。そして更に行くとソンポーミットの滝だ。ここでもメコンは緩やかな滝となって下っていく。ここの村落で村人から珍しい模様のとかげをプレゼントされた。次男は大喜びだ。弟分と言って抱きしめている。村人から次男は可愛がられた。万人に慕われる人間になって欲しい。「可愛い子には旅をさせろ」と言う。私は次男に心が豊かになる経験をさせたい。そう思って一緒にここまで来た。しかし、いつしか次男の瞳の中に20年前の自分を見ていた。澄んだ瞳。豊かな感情。そして見知らぬ世界へ挑む勇気。子供と共に、こんな経験ができるのは今しかない。メコンの大瀑布の彼方に目を凝らす。アジア最大河川・メコン。そしてこれより先はカンボジアの大地。それを次男に言い聞かせる。そして村落の男に二輪車で波止場へ送ってもらった。3人乗りで田舎のあぜ道を行く。こんな旅も楽しいものだ。

コーン島からチャーターしたトラックの待つナーカサン村へボートで向かった。この地域には河イルカが生息する。大河の隅々へ目を向けるが見つけられなかった。しかしインドシナ中央部の辺境で、私はこの上なく温かな心になることができた。ラオス・カンボジア国境コーン。7歳の次男との心温まる旅。親子としての感情を越え、辺境を共に旅する友としての友情が芽生えていく。壮大なる大河・メコン。やはり私はこの大地を愛していたようだ 。


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