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仏教王国・パガン〜心ふるえる安らぎの大地

1980年代のことだった。
ラングーン(現ヤンゴン)を出た列車はビルマを北上していた。田園や草原の続く美しい国土。そしてあちこちに点在するパゴダ。
ビルマ(現ミャンマー)は何と美しい国だろう。一目見たときから何故かこの国では心が安らいだ。
「安寧の地」という言葉がよく似合う。

ラングーンでは、夜遅くまでパゴダで祈りを捧げる優しい人々を見ることができる。
チベットのように命がけで神々にすがるような緊迫感はない。しかし、祈ることで安堵する人々の安らぎの表情がそこにはあった。

パゴダには黄金が使われている。
人々が財産を神に捧げるのである。それでいて黄金の下品さはない。崇高な、優しく落ち着いた雰囲気を醸し出している。


列車が大平原を横切る頃、外に灯と人影が見えた。すると突然窓から大量の水が飛び込んできた。
周囲で悲鳴が聞こえる。時間は夜11時。もう深夜だ。
次々に人影が窓の外に見え、水が飛び込んでくるではないか。そうだった。水祭りだ。
一日何本もないこの列車の通り過ぎる時間に待ち伏せされたのである。列車のシートや毛布がびしょぬれだ。困ったものだ。
騒然とした列車の中と裏腹に外はまた暗闇に包まれ、何事もなかったかのように涼しい夜風が吹き抜けていく。

日、ミャンマー中部の駅タウンジーで降りると、タクシーはなかった。途方に暮れた。
白人のバックパッカーがトラックと交渉しているのを見つけ、便乗させてもらう。
荷台に乗り込むとトラックは草原の中を飛ばし始めた。美しい草原だった。太陽の光が強く、キラキラと草原が輝いている。そして所々にパゴダが見えた。

やがて夕刻、今までと違った寺院が目につき始める。
広大な草原の中に点在する仏教寺院「パガン」だ。ビルマ最初の統一王朝パガンの遺構である。
その日、無数の寺院はすぐに闇の中に沈んでいった。

翌日パガンを散策した。
風景はまるで天国のようだった。
彼方にイラワジ川が流れ、周囲は草原に包まれている。そして所々に不思議な寺院が点在する。

パガン朝ビルマ。
1044年に建国し、ビルマ最初の統一王朝として栄えた。
その後、1287年に元に滅ぼされるまでの240年間、ビルマの地に仏教文化の全盛時代をもたらした。
ビルマはその後、モン族のトゥングー朝、ビルマ族のアウランパヤー朝を経て英国支配、日本の侵攻へと続いていく。
18世紀に誕生したアウランパヤー王国の時代には、タイの大国・アユタヤ朝だけでなく、チェンマイを基盤としたランサーン王国やラオスのルアンパバーン、ビエンチャン両王国等へ勢力を拡大し、ビルマ最大版図を構成する。
その後、アユタヤ朝の将軍・タークシンがバンコクをベースにトンブリー朝を興し、タイが大きく勢力を拡大、現在のバンコク朝の誕生、インドシナへのフランスの侵入等近代史へ続いていくのである。

はパガンの草原を放浪した。
とある人影のない寺院に登り、屋根の上で景色を見ていた。彼方にイラワジ川が輝いて見える。
草原を吹き抜ける風にあたっているうちにいつしか眠ってしまった。
突然人の気配で目が覚める。驚いて飛び起きるとビルマ人の男が立っていた。
「何か用か?」と聞くと、札束を取り出し交換して欲しいという。
「お前、日本人だろう?このお金はもう使えないんだ。でも日本が発行したお金だから、お前、日本に帰ったら使えるんだろう?」と聞いてくる。手にとって見ると何とそれは軍票だった。
「お前、どうして俺がここにいるとわかった?」
「向こうから見ていたら、屋根の上に日本人らしいのが寝ているのが見えたから、これを交換してもらえるかもしれないと思って来てみたんだ。昔から家に置いてあって、使えないからいいチャンスだと思ったんだよ。」
私は絶句した。草原の向こうから見ていたのだ。すごい視力だ。
それに、こんなビルマの片隅で軍票の交換を頼まれた。ビルマと日本の歴史的つながりを認識した瞬間だった。
交換するのは日本人の責務と思ったものの、この頃私は学生で貧乏だった。長い旅行で現金を使い果たし、カトマンズの中心街・インドラ・チョークで服も売り払ってしまっていた。
底に穴の開いた靴下や使いかけの髭剃り、Tシャツ等を並べて、「こんなものでいいだろうか?」と聞いてみる。
彼は靴下を手にして穴から指を突っ込んで渋い顔をして眺めていた。
「でも君、日本人なんてあんまり来ないんだろう?」と聞くと、「そうなんだよなあ」と言っている。
この頃は、1980年代だった。まだまだ日本人の旅行者は、今日のように頻繁に訪れることはなかったのだろう。
彼は並べたもので軍票の交換に応じた。私の手元には軍票の束が残った。
男は草原を横切り、彼方へと消えていった。

私は、イラワジ川に向け草原を一人歩いていた。なかなか着かない。
その内に突然スコールに襲われた。一番近くに見えた寺院に入り、雨宿りをする。
寺院の床や壁を覆う石が冷たく涼しい。長旅で疲れていた。その内に寺院の窓に寄りかかりまどろんだ。雨音と時折吹くそよ風が心地よかった。長い時間が過ぎた。
目が覚めると、窓の外に雨に濡れた草原が広がっていた。
日が差し美しく光り輝いている。草原には寺院が点々と見えている。何と美しい光景だろう。まるで天国のようだ。こんなに美しい国を私は見たことがない。しばらく景色に見とれた。
意識がはっきりするとゆっくりと立ち上がり、寺院の奥に入っていく。
石の廊下にはいつの間にか少女や老人が眠っていた。そして奥に仏像があった。少女が祈っている。
私もその後ろに座り、仏像に手を合わせた。仏像は優しく微笑んでいた。不思議と心が澄み渡っていく気がした。
何故私は今、ここにいるのだろう。
あてもなく放浪し、ビルマに流れ着いた。
日本を出てきた時にリュックいっぱいに詰め込んでいた服や食料、現金は底を尽き、安物カメラとフィルム、あとは大したものは残っていなかった。
自由な世界を求めて旅に出た。
そして尊敬してやまない歴史に残る探険家たちの足跡を追ってきた。
しかし、シルクロードの奥地やヒマラヤを旅し、いつしか目標を見失っていた。75kgあった体重は、既に61kgまで減少していた。
この時、旅に出て初めて私は安らぎを感じていた。気を張りすぎていたのかもしれない。
この頃、シルクロード最深部やエベレストを見ることは、私にとってのプロジェクトXであった。
プロジェクトXを成し遂げ、強烈な達成感に覆われた後、一気に疲労に襲われた。私は疲れ果てていた。その時、当てもなく辿り着いたのがパガンだった。

ガン最後の日の夕刻、また例のスコールが来た。
シャワーのない宿では、水桶から水を汲んで身体を洗う。宿屋の少女たちはタオルをまといスコールの中で水をかけあい、じゃれあっていた。平和な風景だ。
ユネスコの世界遺産に登録された仏教遺跡パガン。
この頃はまだ旅行者も少なく、静かで平和な心震えるやさしい世界が広がっていた。これほど優しい気持ちになれたことは今までなかった。目にするもの全てが美しく優しさに満ち溢れていた。

パガンを旅すれば誰もが気付くはずである。
ビルマ最初の統一王朝・パガンが如何に素晴らしい国であったかを。
心の澄んだ人々が作り上げた文明であるがために、ここを訪れた人々は今なお、心を洗われる。

私は、マンダレーに向かうトラックの荷台に飛び乗った。また一つ、素晴らしい世界を目にすることができた。
今でも疲労困憊した時、私はパガンでの光景を思い出す。
金色に輝く草原とイラワジ川。そして草原に点在する仏教寺院。
アジアでも群を抜く素晴らしい世界がそこにはある。

ビルマ国境のラーメン屋にて


マンダレー

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