天と地の境界を越えて
エベレストの見えるテングリを出た私たちは一路、ヒマラヤ山中を国境へ向かった。
エベレストを見た時、彼方に見えていた山群が目の前に迫っていた。雪と氷を冠したヒマラヤ山脈の大山塊が行く手を阻んでいる。この豪快な山塊に私は狂喜した。まさか初めての海外旅行で、旅行ガイドなしにここまで来れるなんて!
先月まで飛行機にも乗ったことのない青年が、船や飛行機・鉄道やバスを乗り継ぎ、こんな大山塊を越えてネパールへ下ろうとしている。その道中、言葉も通じない中、砂漠を走り、数々の千仏洞や遺跡を訪ねてきた。
つい先週は高山病で動けず、ホテルで苦しんでいた。
高山病が落ち着くとすぐさま領事館でビザを取り、同行する友達を探し、ランドクルーザーを押えてヒマラヤへ向かった。
そしてエベレストを見た。何というダイナミックな旅であったことか。
所々にケルンが積んである。この最後の大屏風を前に、ここを通った旅人が積んだものであろう。旅人たちはここに立ち、ヒマラヤの神々に安全な旅のお礼を言ったに違いない。
こんなに壮大な風景は見たことがない。大きな、そして荘厳な風景であった。
この大屏風は2000年近い間、南の世界のチベット侵攻を完璧に防御してきた。何という天然の要塞であろうか。 そして、北にはクンルン山脈やトランスヒマラヤが中国世界からの侵入を押えている。
今でこそ道もあり、空の便も入って、外界と通じるようになった。しかしこの天上の人々は、正に2000年の間、神々に守られてきたのである。
チベットには輪廻転生という言葉がある。
人は死に、そして生まれ変わってこの世に再び現れる。我々の前世は、もしかするとチベット世界で五体投地をしながら神々に向かってひれ伏し、歩んできた人生であったかもしれない。または、ヤク(チベット牛)と共にヒマラヤの山野で野宿をしながら暮らしていたのかもしれない。
実は、死後の世界というものはチベット世界のようなものなのかもしれないのである。そんな気持ちを持った人々はここでケルンを積み、神に感謝するはずだ。
ランドクルーザーは、この山脈を越えると一気に高度を下げ始めた。それも猛烈な勢いでである。山間部の崖っぷちの道を降りていく。
所々、落石で道が半分埋まっている。遂には大きな石で前進できなくなった。皆で降りて石を押し、崖の下へ転がり落とす。恐らく、我々の想像を絶する造山運動が起きているに違いない。この山脈は生きている。少しでも天へ近づこうと空へ向かって伸びているように感じる。
やがて、遥か下方に集落が見えた。こここそが中国・チベット最後の地であった。
ジャンムー。ネパールとの国境である。
この集落から先には車は入れない。ネパール側ボーダーまで山間部を歩くこととなる。
私たちが車から降りると、ネパール系の少年たちがわっと集まってきた。何の騒ぎだかわからない。私のリュックを引っ張ってくる。荷物を取られるのではないかと冷や汗ものだ。この少年たちこそがシェルパだった。旅行者の荷物を背負って国境を越え、チップをもらうのである。
私はこの時21歳。こんな若者が少年に荷物を背負わせていいものか、ちょっととまどった。しかし。彼らはこれで生計を立てている。キースが持たせようというので私も従った。ランドクルーザーの運転手に礼を言い、帰路の安全を祈ると伝え、我々は歩き始めた。
山道は落石でところどころ埋まっていた。なかなか大変な国境越えである。これは道とはいいがたい。瓦礫の山を越えていく感覚だ。
ネパール人の商社マンと一緒になった。チベット−ネパール間の交易で生計を立てている。中国の製品をネパールへ、ネパールの製品をチベットへ持ち込み、毎月往復しているようだ。カトマンズの裕福な家の出身であった。
人々の顔ぶれが急に変わってしまった。やがてネパール側のボーダーが見えた。
「コダリだ」
ネパール人商社マンが言った。 アーリア系の入国審査官が言った。
「ネパールへようこそ!」
私がチベットを抜けた瞬間であった。
その夜、カトマンズのレストランで久しぶりにまともな食事をした。ビールがうまかった。
古都・カトマンズの中心街・インドラチョークの喧騒の中、今までのチベット世界が正に神々の世界と思えた。 そして、ここの喧騒は天の下の世界だった。
2週間のネパール滞在中、南部バイラワ地方のルンビニーという町を訪れた。その町こそはブッダ、すなはちゴータマ・シッダールタの生まれた町であった。そのブッダの生まれ育った城壁のはずれに、ひっそりとラマ教の寺院がただずんでいた。中は異様な雰囲気に包まれていた。そう、ラマ教の神はブッダだったのである。この天の下の世界でブッダは生まれた。
ヒンズー教の制する世界で彼は仏教を創始し、その教えはヒマラヤを越えたのである。彼の教えは天上世界にも伝播した。このルンビニーを見て、益々仏教世界にもロマンを感じるようになった。ルンビニーとチベット、そしてシルクロードの千仏洞群が一つにつながった瞬間であった。壮大な世界である。そしてブッダという人物の偉大さに驚嘆した。彼の思いはアジア世界を席巻したのであった。
2週間後、カトマンズ発ラングーン行きの飛行機に私は乗った。飛行機が水平飛行に入った頃、左手上方に素晴らしい雪峰が姿を現した。久しぶりに仰ぐヒマラヤ山脈であった。偉大な世界を見せてもらった。恐らく日本を出た時とは全く違った顔つきになっていたかと思う。可愛い子には旅をさせろと言う。この時私は、私なりにこの言葉の意味を理解した。
神々の世界を自分の足で歩き、そして自分の目で見てきた。初めての海外旅行で一人、自分の力でこの大山脈を越えた自分の勇気に酔った。その彼方にある天上世界とシルクロードでの旅が、あたかも夢であったかのように私の脳裏に広がっていく。
世界とは何て大きいのだろう。歴史とは何て奥深いのだろう。そして先人たちの情熱は何て熱かったのだろう。ヒマラヤの大屏風を見ながら、こんな経験を私に与えてくれた天上の神々に感謝した。そしてこの時の経験が、私自身のその後の人生の礎となったことは言うまでもない。
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